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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1473号 判決

控訴人 牧悌三 ほか二一名

被控訴人 国

訴訟代理人 島村芳見 ほか五名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴人らの当審で拡張された請求をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人らに対し、それぞれ、別表記載のとおりの金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め(当審において請求を拡張)、被控訴代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次に加え、改め、削るほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(主張)

1  控訴人ら

(一) 控訴人らは、原審では、昭和四五年一二月から昭和四七年六月までの各月の俸給等の支給の際に支給を受けることができなかつた金額を請求したが、被控訴人はその後も引き続いて給与の滅額を行つており、昭和五一年一二月までの各月の俸給等の支給の際に支給を受けることができなかつた金額の合計は、各控訴人らについてそれぞれ別表記載のとおりとなるので、原審で請求した以後の分につき請求を拡張するとともに、原判決添付別表を本判決別表のとおり改める。

(二) わが国最大の中央総括局である東京中央郵便局では、郵便物の集中度が高く、労働密度も高い関係で、従来から法令及び協約上認められた休息を超えた慣行休息が存在していた。そして、郵政省も、東京中央郵便局に就労する労働者一、八〇〇名が昭和四四年四月五日東京地方裁判所に申し立てた慣行休息の確認を求める仮処分申請事件(同庁昭和四四年(ヨ)第二、二五一号)において、申請者らの主張にほぼ等しい慣行休息の存在することを認め、これを直ちに剥奪する意思のないことを明らかにした。その後、東京中央郵便局長と全逓信労働組合の同局支部との交渉においても、慣行休息の存在が確認され、東京郵政局も、当面これを剥奪することがない旨を確認している。

このように、東京中央郵便局の例をみても、労働協約所定の休息以外に慣行休息の存在していることが明らかであり、これを否定した原判決は誤りである。

2  被控訴人

(一) 被控訴人が、控訴人らに対し、昭和四七年七月以後も引き続いて給与の減額を行つており、昭和四五年一二月から昭和五一年一二月までの各月の俸給等の支給の際に控訴人らが支給を受けることができなかつた金額の合計が別表記載のとおりとなることは認める。

(二) 東京中央郵便局において就労する労働者が勤務時間規程及び労働協約を上回る休息をとつている事実のあることは認める。しかし、右休息はいわゆるヤミ休息であり、当局はその発見以来機会あるごとに是正する意向を明らかにしているのであつて、そのためには労働組合とも十分話合いをしたうえで解決を図るよう努力することを表明したことはあるが、右休息を承認したとか当面これを剥奪しない旨の確認をしたとかの事実はない。

(訂正等)

原判決七枚目---記録二五丁---表六行目の「完全に」の後に「は」を加え、同裏五行目の「打解」を「打開」と改め、原判決九枚目---記録二七丁---裏五行目の「著」の後の「る」を削り、同裏九行目の「生」の後に「ま」を加え、同裏末行の「いた」を「おり、」と改め、原判決一〇枚目---記録二八丁---表末行の「黙示の」の後に「承認の」を加え、同裏三行目の「省」を削り、同裏六行目の「合意され」を「成立し」と改め、原判決一六枚目---記録三四丁---表二行目及び一〇行目の「仮」の後の「り」をいずれも削り、原判決一七枚目---記録三五丁---裏八行目の「態」の後に「様」を加え、原判決二〇枚目---記録三八丁---裏四行目の「仮」の後の「り」を削る。

(証拠)〈省略〉

理由

一  請求原因一、二及び抗弁一ないし三の各事実(控訴人らが当審で改めた別表を含む。)は、いずれも、当事者間に争いがない。

二  そこで、控訴人ら主張の慣行休息時間の存否について検討する。

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨を総合すれば、浅草郵便局において一六時間勤務に服する職員らは、昭和三九年七月に深夜伝送便の制度が実施されてほど遠くないころから、協定その他労使の合意、指令等労働組合の意思表示又は申し合わせ等労働者の合意によることなく、何時とはなしに、服務表で定められた休息時間以外の時間に各自適宜短時間の休息をとるようになり、これが次第に反覆されて、控訴人らはおおむね昭和四四年前後ころからその主張のとおりの時間に継続して休息をとつてきていることが認められる。

これに対し、右各証拠中には、控訴人ら主張の慣行休息は深夜伝送便が実施されるのとほとんど同時に始まつたもので、しかも当初から手空き時間の有無にかかわらず、一六時間勤務に服する職員全員が一せいにとつてきたとの記載ないし供述がある。しかし、〈証拠省略〉中には、右休息の始まつた時期が必ずしも全部同じではないこと、当初のうちは手空き時間を利用して夕食をとつたり入浴したりしたことがあつたこと、職員の中には夕食をとらない者や入浴後に夜食をとつたりする者があり、入浴時間も一定はしていなかつたことを示す記載ないし供述があること、〈証拠省略〉には、控訴人ら主張の慣行休息のうち午前五時三〇分から一〇分間の早朝休息の記載がなく、又、入浴休息は午後一〇時三〇分から午後一一時までと記載されていて主張よりも一〇分間多くとつていたことを示す部分があること、控訴人ら主張の慣行休息が全逓浅草支部関係の文書にあらわれているのは、昭和四四年八月一九日付の〈証拠省略〉が初めてであつて(ほかに、一六時間勤務に服する職員の食事時間、入浴時間の慣行に関する記載がなされたものとして〈証拠省略〉があるが、これも昭和四四年八月に作成されたものである。)、後にもみるとおり、昭和四三年までの組合側の要求事項や支部交渉の経過を記載した文書には全くあらわれていないことなどからすると、前掲各証拠はただちには信用できず、前記認定以上に、控訴人らが深夜伝送便の実施直後ころから手空き時間の有無にかかわらず一せいにその主張のとおりの時間に休息をとつてきたことまでの事実を認めることはできない。

(なお、〈証拠省略〉中には、慣行休息というのは労使が承認したものだけであつて自然発生的なものは含まないと述べた部分があるが、このような限度を加えることは控訴人らの主張にもそわないものである。)。

三  次に、浅草郵便局の管理者が慣行休息を明示的又は黙示的に容認していたかどうかについて検討する。

1  まず、前段掲記の各証拠中には、控訴人ら主張の慣行休息はもともと管理者との話合いのうえでとるようになつたのが発端であるとか、管理者も一緒に休んだり、中には茶菓子を提供してくれた者もあつたから、管理者が控訴人ら主張の慣行休息があつたことを知らないはずはなく、むしろ、これを知りながら当然のこととして容認してきたとの記載ないし供述がある。そして、〈証拠省略〉によれば、右各証人はいずれも昭和三九年ころから昭和四五年ころまでの間に浅草郵便局の郵便課長として在任していた者であるが、これらの郵便課長の中には、一六時間動務に服する職員らが服務表所定の休息時間以外の時間に出前をとつて食事をしたり、入浴したり、又、早朝に休んでいるのを目撃した者のあつたことが認められる。

しかし、右各証言によれば、控訴人ら主張の慣行休息の時間はいずれも一六時間勤務に服する職員のほかには原則として郵便課長その他の管理者の在局しない時間帯に属すること、そのため、前記郵便課長も一六時間勤務に服する職員らの勤務状況を一部始終監視しているわけではなく、これらの職員が服務表所定の休息時間以外の時間に休息をとつていることも、残業をしたり繁忙期などに臨時に宿泊をしたりした際に目撃したにすぎないこと、しかも前記郵便課長が目撃した時点では、いずれも短時間であるが手空き時間であつたためにとくにきびしくはチエツクしなかつただけであつて、それ以上に、やりかけの仕事を打ち切つて一せいに休息しているのを目撃しながらこれを黙認していたとか、更には、服務表所定の休息時間以外の時間における休息が慣行化していることまでをも知つていたわけではないことが認められる。

2  そして、潰行休息に対する管理者のこのような認識は、次にみる事実によつても誤りのないものであることが認められる。

(一)  〈証拠省略〉を総合すれば、浅草郵便局では、深夜伝送便の制度が実施された昭和三九年七月以降、同四三年一〇月と同四五年九月の二回にわたつて服務表の改正が行われているが、一六時間勤務に服する職員の休息時間については、昭和四五年九月に具体的な時間の位置が変更されたのみで全体の長さには当初から変更がないこと(〈証拠省略〉中には、昭和三九年当時の服務表には手空き時間を利用して休息をとるとの抽象的な表現があるのみであつたとか、その次の改正のときにも休息時間の話は全然なかつたとの供述があるが、〈証拠省略〉によれば、一六時間勤務に服する職員に関する限り、右供述は妥当しないことが明らかである。)、服務表の改正に際しては、事前に組合側の意見を聞く坂扱いとなつているが、組合側から慣行休息の存在が指摘されてこれを服務表に組み入れるように申し入れがあつたのは昭和四五年九月の改正のときが初めてであつて、昭和四三年一〇月の改正の際にはそのような申し入れはなかつたこと、昭和四五年九月の改正の際の右申し入れに対し、局側は、調査のうえで処置するという態度をとり、その後も、服務表所定の休息時間以外の休息に該ると認められるものについてはこれを是正していくという方針に終始し、右申し入れ以前からすでに慣行休息の存在を知つていたとか、或いはこれを黙認していたと受けとれる態度は全く示さなかつたことがそれぞれ認められる。

右事実は、郵便局長を初めとする管理者が、昭和四五年九月に行われた服務表の改正が問題になるまでは、慣行休息の存在を知らないでいたことを意味するもので、前記認定を裏づける事情となりうるものというべきである。

なお、この点に関して、〈証拠省略〉中には、局側は、昭和四四年八月に慣行休息の存在を認める服務表の改正案を組合側に提案したとの記載ないし供述があるが、右各証拠によると、その提案は、一六時間勤務に服する職員を一名増員する、そうでなければ余分な休息をやめて時間いつぱい働けという趣旨のもので、後者は慣行休息の剥奪を意味するものであつたから、当然に慣行休息の存在を認めたことになるというにすぎず、これによつて黙示的にもせよ局側が慣行休息の存在を容認したものとはいえないし、〈証拠省略〉とこれによつて同人の手帳を写した写真であることが認められる〈証拠省略〉をもつてしては、右提案をめぐる労使の交渉において慣行休息を認める確認がなされたとの事実も認めることはできない。

(二)  又、〈証拠省略〉中には、〈証拠省略〉について、これらに記載されている事項の多くについては年末首だけでなく平常時においても交渉を行つていたとして、右各書証の記載をもつて局側が一六時間勤務に服する職員の慣行休息を容認していたことを示すかのように供述したところがあるが、直接に一六時間勤務に服する職員の慣行休息に触れた記載があるわけではないから右供述は採用できず、かえつて、右各書証には、控訴人らが本件の慣行休息が発生し定着したと主張する昭和三九年から同四三年までの数か年にわたつて、組合側の局側に対するきわめて具体的かつ末梢的な事項についての要求やこれをめぐる支都交渉の経過が詳細に記載されているのに、一六時間勤務に服する職員については、わずかに仮眠時間の延長と年末首超勤における休息時間に関する記載があるのみで、それ以外の夜食や入浴などの休息に関する記載は全くないことが認められることからすると、右各書証は、少なくとも右期間中は、組合側が慣行休息の問題を提起してこれを認めるように申し入れたことがなく(前記二掲記の証拠中には、控訴人ら主張の慣行休息は一六時間勤務における勤務の形態から必然的に生じた必要欠くべからざるものであるとの記載ないし供述があるから、組合側がこのような重要な問題を看過放置していたとは考えられないにもかかわらず、本件では、昭和四三年ころまでの間に組合側が右の慣行休息の問題を取りあげてその承認を局側に申し入れたことを示す書証は提出されていない。)、労使間の交渉でもとくに話題になつたことがないことを物語るものというべく、右の事実もまた郵便局長を初めとする管理者が慣行休息の存在を知らないでいた(したがつて、これを容認する余地がなかつた。)ことを裏づける事情となりうるものというべきである。

〈証拠省略〉をもつてしては、昭和四二年当時において、右管理者が控訴人ら主張の慣行休息を容認していたことを認めるには足りない。

(三)  更に〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、郵政省は、昭和四一年ころからいわゆる労働慣行を是正する方針を打ち出し、昭和四五年四月九日には、全逓信労働組合との中央交渉において、「労働慣行といわれるものについては省としてはすべて是正すべきであると考えるが、是正方法や中央協約を上回るものについては現場段階で話合いをして処理する、しかし、意見が合致しない場合には、省の責任において一定期日後に是正をはかる。」旨の態度(いわゆる四・九確認)を明らかにしていたが、浅草郵便局でも、昭和四五年九月に組合側から慣行休息を認めるように申し入れられたのに対して、局側は、実情を調査した結果に基づき、夜食休息については右四・九確認のルールに乗せて処理するが、それ以外の休息については右ルールに乗せるべき慣行の実態がないとの態度をとり、控訴人ら主張の慣行休息時間に休息しようとする職員らに対しては就労命令を発するとともにこれに応じない者に対しては給与の減額をもつて臨んで現在に至つていることが認められるから、昭和四五年九月以降は、郵便局長を初めとする管理者が控訴人ら主張の慣行休息を認めない態度をとつていることは明らかである。

3  してみれば、浅草郵便局の管理者が深夜伝送便が実施された昭和三九年七月以降現在に至るまでの間、黙示的にもせよ控訴人ら主張の慣行休息を容認した事実はないことになるから、前記二掲記の証拠中右認定に反する部分は採用できないものといわなければならない。

四  ひるがえつて、休息時間に関する現行法の建前をみると、郵政事業職員の休息時間については、国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法六条に根拠を有する「郵政事業職員勤務時間、休憩、休日及び休暇規程」によつて、休息時間の基準につきその原則と組織上の部局・機関、職種・業務及び勤務の形態、勤務の種類に応じた特例が定められ、とくに一六時間勤務に服する職員の休息時間については、右原則又は特例のいずれにもより難い特別の事情があるものとして、深夜伝送便の実施に際して締結された労働協約をうける形で郵政省人事局長の依命通達をもつて前記勤務時間等規程に基づく別段の取扱いが定められ、このようにして一六時間勤務に服する職員の休息時間については、具体的な時間の指定を所属長に委ねているほか、すべての事項が明文の規定をもつて定められているのであつて、右規定の体裁、内容及び立法の経過に鑑みるならば、郵政事業を経営する被控訴人としては、一六時間勤務に服する職員らが明文の根拠に基づくことなくして勤務時間中に休息するようなことはこれを認めない意思であることが明らかである。この点は、原判決がその理由において説示するところと同じであるから、原判決二二枚目---記録四〇丁---裏一一行目から原判決二六枚目---記録四四丁---表三行目までを引用する(但し、原判決二五枚目---記録四三丁---裏一〇行目の「明らかである。」から原判決二六枚目---記録四四丁---表三行目の「ありえない」までを「明らかであつて、郵政事業を経営する被控訴人としては、一六時間勤務に服する職員に関する限り、これらの明文上の根拠に基づくことなくして勤務時間中に休息する時間のごときはこれを認めない意思であることが明らか」と改める。)。

五  以上のとおりであつて、浅草郵便局の管理者ないし被控訴人が、服務表所定の休息時間のほかに控訴人ら主張の慣行休息時間の存在を認めてこれによつて労使関係を処理する意思を有していたとはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、右慣行休息時間が事実たる慣習として労使関係を規律する効力をもつ余地はないといわなければならない。そして、ほかに被控訴人がしている給与減額の措置が違法であることを認めるべき事情は存しないから、控訴人らの本訴請求は、当審で拡張された部分を含めてすべて失当であることとなり、本訴請求を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条に従いこれを棄却すべく、又、当審で拡張された請求も理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡進 園部秀信 太田豊)

別表〈省略〉

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